私わたしは茨城県いばらきで生うまれ神奈川県かながわけんで育そだちました。

短大卒業後たんだいそつぎょう、外資系企業がいしけいきぎょうに33年ねん勤務きんむ、

その間かん秘書ひしょ、営業えいぎょう、マーケティングと様々さまざまな職種しょくしゅで働き、

グローバルな世界せかいを経験けいけん。

国くにを超こえて言語げんごや文化ぶんかの違ちがう人ひとと行おこなうコミュニケーションは

「多様性たようせいを認みとめ、それぞれの価値観かちかんを大切たいせつにする」ことで

お互たがいをわかり合あえることを学まなびました。

人ひととコミュニケーションをとる時ときに必要ひつようなのは

「心こころが通つうじる」こと

だと思います。

どれだけ流暢りゅうちょうに外国語がいこくごが話はなせても心こころが通つうじなければただのコトバでしかありません。

心こころを通かよわせるには、流暢りゅうちょうに話はなすことが重要じゅうようなのではなく、

「心こころが通かよう言葉ことば」で話はなすことが大切たいせつだと思おもいます。

形かたちでなく、中身なかみ。

外見がいけんでなく価値観かちかんや多様性たようせい。

それを知しることで、育そだった国くにや母国語ぼこくごが違ちがっても

心こころが通つうじることはできると信しんじて日本語にほんごを教おしえることに興味きょうみを持もったのです。

Integrity(誠実せいじつ), Respect(尊敬そんけい), Equal opportunity(平等びょうどうの機会きかい)を価値基準かちきじゅんに持もつ会社かいしゃに就職しゅうしょくし、

グローバルな世界せかいに身みをおいたことで、

今いまでは自分じぶんを主張しゅちょうすることの必要性ひつようせいや多様性たようせいを認みとめられるようになりました。

多様性たようせいを認みとめる

就職しゅうしょくしてすぐにリアルな外国人がいこくじんと接せっし

Hello!というとHi, Sakamoto-san!と言いわれ

「Wow!!! つ、つうじる!」とトキメキ 、

「言葉ことばで人ひとと人ひとがつながる」ことを体感たいかんします。

ここから自分じぶんの知しらない国くにの人ひととの接触せっしょくが始はじまり、

自分じぶんの知しらない文化ぶんかや考かんがえ方かたを知しり、

自分じぶんが言いった言葉ことばで外国がいこくの人ひとと繋つながっていく。

そのことにワクワクしました。

それぞれの国くにの人ひとがそれぞれの個性こせいを持もっています。

フランス人じんはそれを主張しゅちょうし、

台湾人たいわんじんは独ひとり言ごとのようにブツブツ言いって、

日本人にほんじんはみんなの顔色かおいろをみながら話はなす。

主張しゅちょうがバラバラで

途中とちゅうあきらめながらも

お互たがいに歩あゆみ寄より,

理解りかいしあう場面ばめんにワクワクします。

そして、ひとりひとりが違ちがう価値観かちかんを持もっていること、

その多様性たようせいを認みとめ、

個人こじんに対たいして敬意けいいを持もって接せっする自分じぶんでありたいと思おもいながら日々ひび暮くらしています。

色々いろいろな国くにの人ひとと繋つながっていたい! なぜなら…

適度てきどに緊張感きんちょうかんと安定感あんていかんがあり居心地いここちがよかったこと、

上司じょうしに恵めぐまれ常つねにチャレンジさせてもらい

続つづけて来きたおかげで仕事しごとに追おわれながらも

飽あきることなく向上心こうじょうしんを持もって

短大たんだいを卒業そつぎょうしてから一ひとつの会社かいしゃで33年ねんという月日つきひを過すごしていました。

毎日まいにち200通つうも来くるメールを処理しょりし、

国内外こくないがいへの出張しゅっちょう、

夜中よなかの電話会議でんわかいぎ、

資料作しりょうづくり、

セミナー開催かいさい、

プレゼンと、

駅えきのホームで待まつ時間じかんも惜おしいと

懸命けんめいに働はたらいて仕事しごとに振ふり回まわされていた日々ひび。

気きがつけば50歳さいも過すぎた頃ころ、ふと

「このまま世間せけんを知しらずにずっとこの会社かいしゃで働はたらいていくんだろうか…、

他ほかの何なにかをして見みたい。

何なにが出来できるんだろう」と考かんがえていたときに、

とにかく

「外国人がいこくじんとは何なんらかの形かたちで繋つながっていたい」と言いう思おもいが、

心こころの底そこにありました。

どうすれば

自分じぶんと違ちがった視点してんを持もっている外国人がいこくじんと繋つながって、

刺激しげきをもらい続つづけられるのか 考えていました。

そんなとき「日本語教師にほんごきょうし」と言いう職業しょくぎょうに目めが止とまり、

そういえば,

先輩せんぱいが早々そうそうに退職たいしょくしフィリピンに日本語にほんごを教おしえに行いくことになったとき

「いいな、私わたしもいつかそういう仕事しごとをやってみたい!」

と思おもっていたことを思おもい出だし、

そうだ!

日本語教師にほんごきょうしになれば「外国がいこくの人ひとと繋つながっていられる」とピン!と来きました。

恥はずかしながら、今いままで、

人ひとに面倒めんどうを見みてもらい道みちを引ひいてもらいながら人生じんせいを無難ぶなんに歩あゆんで来きました。

何なに一ひとつ自分じぶんで決きめられなかった、

そんな私わたしが人ひとに何なにかを教おしえることが出来できるのか

信しんじ難がたかったのを覚おえています。

でも気きがついたら自みずからの意思いしで資格しかくをとり、

とうとう安定収入あんていしゅうにゅうと世間体せけんていが保証ほしょうされた会社かいしゃを辞やめる決心けっしんをして、

日本語にほんごを教おしえることを始はじめていました。

多おおくの価値観かちかんを知しりたい、だから色々いろいろな国くにの人ひとと接せっしていたい。

「何なにかしなきゃ」と思おもう気持きもちちが行動こうどうに出でて、

これからは人ひとに何なにか喜よろこんでもらえることをしたい。

長年ながねん外国人がいこくじんの方かたと

日本にほんでのビジネスの場面ばめんを経験けいけんしてきた私わたしだから出来できる、

ビジネスの場面ばめんで使つかえる、伝つたわる日本語にほんごを教おしえることで

人ひとに役立やくたつことができるかも知しれないと思おもい

日本語にほんごを教おしえはじめました。

これからのこと

今いま、日本にほんのあらゆる会社かいしゃ、飲食店いんしょくてん、サービス業ぎょうなどいたるところで

外国がいこくの方かたたちに私わたしたち日本人にほんじんの生活せいかつをサポートしてもらっています。

そんな方々かたがたに

日本人にほんじんに通つうじる、伝つたわる日本語にほんごを身みにつけ、

日本にほんを知しり、

日本にほんを大好だいすきになって

日本にほんで楽たのしく生活せいかつをしてもらいたいと

心こころから願ねがっています。

どの国くににもそれぞれに培つちかわれてきた国民性こくみんせいや習慣しゅうかんがあることを忘わすれないでいたいと思おもいます。

日本語にほんごを完璧かんぺきに話はなすことがゴールではなく

「日本人にほんじんのこころに届とどくコトバ」を

どれだけ多おおく身みにつけられるかを目指めざしましょう。

そうすればもっとつながることができます。

お互たがいに信頼しんらいし合あえる関係かんけいを築きづくことができます。

ちょっとした言いい回まわしやその国くにの文化ぶんかが育はぐくんだコトバを話はなすことでその距離きょりは縮ちぢまります。

それぞれの国くにの文化ぶんかを理解りかいして

コミュニケーションをとることをしないと

誤解ごかいされたり、疎外感そがいかんを感かんじることになります。

ひとりでも多おおくの外国がいこくの方かたが

今いまよりもっとHappyな生活せいかつを、

人生じんせいを掴つかめるよう

日本社会にほんしゃかいで自分じぶんの気持きもちを伝つたえられる日本語にほんごを使つかって

あなたが 母国ぼこくと日本にほんをつなぐ架かけ橋はし になるために、

日本企業にほんきぎょうや日本にほんの社会しゃかいとつながるために、

日本にほんでのステップアップを考かんがえているあなたを、

その能力のうりょくが発揮はっきできる環境かんきょうへ

つないであげる力ちからになりたい思おもいを

「日本人にほんじんの心こころに届とどく、心こころが通かよう伝つたわる日本語にほんご」

を伝えることで

応援おうえんしていきたいという思おもいで進すすんでいきます。